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医療ビッグデータのさらなる利活用に向けて、次世代医療基盤法見直しへ

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2023.04.06

医療情報ネットワーク

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2018年5月に施行された次世代医療基盤法が本年改正される。施行から約5年が経過し、医療ビッグデータのさらなる利活用の促進に向けた課題が明確になってきた。本記事では、本法の概要を今一度おさらいし、見直しの背景と改正が予定されている2つのポイントについて解説していく。

次世代医療基盤法とは

まずはじめに、次世代医療基盤法について説明する。この法律の正式名は、「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」である。「リアルワードデータ(RWD)」とも呼ばれる電子カルテや個人の診療情報などの医療ビッグデータを、医療分野の研究に利用することを促進するため、2018年5月11日に施行された法律だ。

本法の施行に伴い、複数の医療機関の患者情報を統合した、大規模な分析を可能にするための基盤が整備された。本法に基づいて作成されるデータは、名寄せと言って、患者が異なる医療機関を受診した場合も、同一人物として情報を統合できることが特徴だ。

これにより、研究者はより質の高い研究が可能となり、製薬会社には新薬の開発、既存薬の未知の副作用の発見、効率的な市販後調査を行えるといったメリットがある。さらには、人工知能(AI)を活用し、大量のCT画像やMRI画像データを機械学習させることにより、患者の画像データを解析して診断を導くといった診療支援ソフトの開発につなげるなど、そのポテンシャルは計り知れない。

最終的には、研究成果を最適な医療の提供と健康づくりのための政策の立案などに役立てることで、医療情報を提供する国民や患者に還元するというのが本法の趣旨だ

ただし、医療情報の扱いには、個人情報保護の観点から一定のルールを設ける必要があり、その安全な運用のための規則が本法で定められている。

個人情報の取り扱い

2017年5月に個人情報保護法が改正されたことで、個人情報を特定の個人を識別できないように加工すれば、本人の同意を得ることなく第三者に提供することができるようになった。そのため、医療機関が自ら匿名加工を行ったり、匿名加工事業者に加工を委託することで、匿名加工情報の形で研究機関への情報提供は可能であった。

しかし、医療機関に匿名加工の責任が残ることや、加工を委託する場合も、適切な事業者の判断が困難という問題があった。

次世代医療基盤法では、高い匿名加工技術を有する認定匿名加工医療情報作成事業者を国が認定することにより、匿名加工による医療機関の負担を軽減し、情報セキュリティを担保することとした。

医療機関では、最初の受診時に、書面などにより医療情報の利用について本人に事前通知を行う。通知を受けた本人、保護者またはその遺族が情報の提供停止を申し出ない限り、データの提供を可能とした

次世代医療基盤法の施行後の状況

次世代医療基盤法の施行後、大学の研究期間や製薬会社等での本法に基づくデータ利活用が少しずつ始まっている。

その1例が、ファイザーが宮崎大学、NTTデータと共同で行った研究だ。電子カルテに保存されているデータを用いて、がん患者の薬物治療効果などの臨床アウトカムを評価する手法について検討した。その結果、薬物治療効果判定に関連するキーワードとして、臨床上重要な単語「縮小」「効果」「著変」「改善」が特定された。さらに、遺伝子検査のうち77%の検査結果が電子カルテデータから抽出できた。これらのことから、診療報酬請求データベースでは得られにくい検査結果などの情報を電子カルテから得られることが示された。今後、ファイザーでは、この結果を足がかりとして、人工知能(AI)を用いた薬物治療効果判定モデルを構築するための研究を行う予定だ。本法によるデータ利活用の意義が示された結果となった。

一方で、内閣府公表データによると、次世代医療基盤法のデータ提供に協力する医療情報取扱事業者は2023年1月31日現在、109件(医療機関105件、地方公共団体3件、学校設置者1件)に留まる。DCP対象病院が1,764施設(2022年4月1日時点)であることを考えると、決して多くはない数値だ。

なぜ見直しが行われるのか

本法では施行から5年後の見直しを規定していたことから、政府は健康・医療データ利活用基盤協議会の下に次世代医療基盤法検討ワーキンググループ(WG)を設置し、有識者からのヒアリングを行うとともに、改正の必要性やその内容について検討が行われてきた

研究現場からは、次の3つのようなニーズが挙がっていた。

1.希少な症例についてのデータ提供
2.同一対象群に関する継続的・発展的なデータ提供
3.薬事目的利用の前提であるデータの真正性を確保するための元データに立ち返った検証

匿名加工情報では特異な記述や値等の削除が求められていることから、症例数の極めて少ない病歴は削除する必要があった。さらに、検査値は幅を持たせる、特異値は「~以上」などに加工する、生年月日は月単位に丸める、受診日をランダムに数日ずらすなどの措置が取られている。そのため、希少疾患に関する研究にデータを利用できないという問題や、研究の質に影響を及ぼす可能性が指摘されていた。

また、医療情報は誰が受け取っても個人を識別できないようにするため、生データと加工後のデータ対応表を削除する必要があり、データに疑義があった場合も元データに立ち返って検証することができないという問題点もあった。

2つの改正ポイント

ここでは、次の2つの改正ポイントについて解説する。

医療研究の現場ニーズに的確に応える匿名化のあり方

研究現場からの声を踏まえ、WGは現行法の匿名加工医療情報に加えて、新たに仮名加工医療情報の利用を可能とする方針を示している。これは本改正の最大の目玉でもある。

仮名加工情報とは、2022年4月に施行された改正個人情報保護法で新たに設けられた概念だ。仮名加工医療情報は他の情報と照合しない限り個人を特定できないよう加工した情報で、現行法と同様、個人情報から氏名や個人識別符号(ID) 等の削除は必要だが、匿名加工医療情報で求められる特異な値等の削除は不要となる。

そのため、希少疾患に関するデータをはじめ、年齢や体重等のより詳細なデータ、突出している検査値などのデータ提供も可能となる。

仮名加工医療情報を作成・提供する認定作成事業者は、厳格な審査項目に基づいて国が新たに認定する。また、仮名加工した医療情報は、安全管理等の基準に基づいて国が認定した利活用者のみに提供されることとなる。万が一、データの不正利用が行われた場合には、いずれの事業者にも罰則が適用される。

NDB等の公的データベースとの連結

2つ目のポイントは、匿名加工医療情報とNDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)や介護DB等の公的データベースとの連結だ。

例えば、NDBとの連結が実現すれば、認定事業者がデータを保有している患者が病院への受診・入院前後に、他の診療所等でどのような受診をしたかを把握することが可能となる。

厚生労働省が管轄するNDBは、日本全国で行われた保険診療のデータが格納される巨大なデータベースだ。その登録件数は、医療レセプトデータは約225億件、特定健診等データは約3.5億件にのぼる。

NDBでの個人情報の取り扱いがどのようになっているかと言うと、名前、被保険者証記号・番号、生年月日の「日」などの個人を特定できる可能性のあるデータは削除される。代わりに、名前、生年月日、性別、保険者番号、被保険者証の記号・番号を元に生成された「ハッシュ値」をIDとして用いることで、個人を特定できない仕組みとなっている。

ひとりの患者に対し、ハッシュ値を元にした複数のIDが付与されるが、次世代医療基盤法DBとの連結には、このうち最古の被保険者番号を元にした「ID5」を用いることが考えられている。

共通のIDを設けることで、両データベース間の名寄せが可能となる。今後、認定作成事業者からの要求により、NDBから連結のために必要なIDの提供を受けたり、同一人物と考えられる患者については、NDB側に照会を行えるような仕組みを整備していくことになる。

まずは今回の改正により法制化を行い、システム開発・改修を経て、連結解析が開始されるという流れだ。

NDB以外の主要な公的データベースを下に挙げる。

参考:「次世代医療基盤法」 の施行状況等について(内閣府 健康・医療戦略推進事務局)*6、今後のNDBについて(厚生労働省 保険局)*8を元に作成

このうち介護DBとDPCDBは、すでにNDBとの連結解析を開始しており、NDBとの連結が達成すれば、比較的早期に連結が実現するものと思われる。

今後の課題

現状の協力機関は急性期病院が中心のため、それ以外の医療機関からのデータ収集が求められている。上記で述べた公的データベースのほかにも、各学会が保有する疾患レジストリや、地方自治体が保有する健診情報、ゲノムデータ、死亡データなど、研究のための有益となる情報源は複数存在する。

今後はこれらのデータ収集を促進するため、認定事業者等と連携し、各機関への周知強化のための啓発活動を積極的に実施していく方針だ。
その他、医療機関の負担軽減のため、患者への通知方法の見直しも検討していくとしている。

経済界からは、利活用事業者の負担軽減、データの価格設定の適正化・透明化を求める意見も上がっている。
今回の改正後も、さらなる利活用の促進に向けた継続的な見直しが必要となりそうだ。

まとめ

今回の次世代医療基盤法の改正のポイントは、仮名加工医療情報の導入とNDBをはじめとする公的データベースとの連携の2つである。

今後は、医療機関や利活用事業者の負担を軽減するとともに、データを提供する協力機関を増やすことで連携できるデータベースをいかに増やせるかがカギとなりそうだ。

改正後の本法に基づく本格的な運用開始にはもう少し時間がかかりそうだが、ビッグデータのより有意義な利活用が進むことを期待したい。

参考

(1)次世代医療基盤法の見直しについて 内閣府 健康・医療戦略推進事務局
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/data_rikatsuyou/jisedai_iryokiban_wg/dai7/siryou1.pdf

(2)「次世代医療基盤法」とは内閣府 健康・医療戦略推進事務局
https://www8.cao.go.jp/iryou/gaiyou/pdf/seidonogaiyou.pdf

(3)「次世代医療基盤法」見直しの検討状況について 内閣府 健康・医療戦略推進事務局
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/data_rikatsuyou/dai5/siryou1.pdf

(4)次世代医療基盤法の現状と課題 内閣府 健康・医療戦略推進事務局
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2201_03medical/220922/medical09_0105.pdf

(5)個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(仮名加工情報・匿名加工情報編)個人情報保護委員会
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_anonymous/

(6)「次世代医療基盤法」 の施行状況等について内閣府 健康・医療戦略推進事務局
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/data_rikatsuyou/jisedai_iryokiban_wg/dai1/siryou2.pdf

(7)プレスリリース ファイザー株式会社
https://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/2021/2021-11-24

(8)今後のNDBについて 厚生労働省 保険局
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000812786.pdf

(9)NDBの利用を検討している方へのマニュアル 厚生労働省保険局医療介護連携政策課保険データ企画室
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000950356.pdf

(10)次世代医療基盤法見直しに関する意見 一般社団法人日本経済団体連合会/イノベーション委員
https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/092.html

 

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