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【キャリア編】母の死に対する後悔から生まれた「病気を未然に防ぐ」という決意

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2023.07.28

インタビュー

メンタルヘルス

PHR / 健康管理アプリ

株式会社ココロミル代表取締役の林大貴氏にインタビュー。経営者一家に生まれ、自身も大学在学時から起業し、代表取締役3社を務めるなど、多くの経営経験を持つ林さん。2021年11月に設立した、株式会社ココロミルを起業した理由は、母の死から生まれた大きな後悔がきっかけだった。

経営者一家に生まれ、経営者の道へ

ーー林さんの経歴を見ると、ユニークだなと思うのが、大学在学中に起業されていますよね。その後も代表取締役が3社で、取締役4社、顧問が3社と、かなり多くの企業に関わっていらっしゃいます。大学時代に起業したきっかけや、多くの会社に関わっている経緯をお伺いできますでしょうか。

まず、僕は経営者一家に生まれたんです。親戚含めて、経営者が多い環境で育ったこともあり、基本的には職業は経営者が当たり前だと思っていました。逆にサラリーマンがドラマの中の世界の人だと思っていたくらいなんです。友達が「うちの親、サラリーマンなんだよね」と言うと「えっ、ドラマの人じゃん。会わせてよ」みたいな感じで言ってました。

また、僕は子どもの頃から、お年玉とお小遣いを父親からもらったことがないんです。友達は結構貰っているのに、なんで僕だけもらえないんだろうと思っていました。本当は貧乏なんだろうと思っていたくらいです。高校生の時、母から初めて父親の年収を聞かされたんです。そこには僕の想像を絶する数字がありました。元々、父の会社を継ごうとは思っておらず、大学に入ったらすぐに自分で起業しようと決めていました。しかし、起業をするやり方がわからなかったんです。そこで当時流行っていたmixiを利用して、2カ月で100人の経営者に会いに行ったんです。

ーー経営者100人!すごいですね!

いわゆる社長と言っても十人十色で「社長になるのは簡単だ」と思ったんです。なるのは簡単だけど、そこから稼ぐのはまた別だと。次は稼ぐ力を勉強しようと思いました。お会いした経営者から案件をもらって営業を開始しました。営業成績でいうと、どの会社でもトップ3に入りました。そこで学んだことから、自分で転職支援兼人材育成の会社を起業することができました。

ーー他にも何か、転機になったことはありますか?

大学時代に経験した、アメリカ留学も大きな転機になりました。
留学に行く時、資金を出して欲しいと父親に話した時に「いくら欲しい?」と聞かれました。金額を伝えると「事業計画を立てて来い」と言われました。留学に行ったらそれがどういう経験となって、自分の人生がどう変わるのか「全部書いてこい」と。2回ぐらい訂正されて、3回目で「よし。これだったらいいぞ」と言われて、判子を押されて、留学資金を現金で渡されました。あの時の父親のかっこよさは忘れられません。

ーーすごい。会社みたいですね、もう家庭が。

そうなんです。
そうして始まったアメリカ留学ですが、僕が最初にホームステイした所に、日本人があと2人いたんです。着いて初日に飲みに誘われて、そのうちの一人が酔った勢いでご自身のお父さんに電話し始めたんです。アメリカに来て生活してみて、車が必要だ、お金を送って欲しいという内容でした。2週間後ぐらいに車を買って「いくらもらったの?」と聞いたら普通は与えられない額でした。とても驚きました。甘やかされて育ったのか、見栄張りたいのか、ちょっと常識から外れてるなと思っていました。他の日本人と比べても浮いていました。そこで、あ、父親が教えたかったのは、これかもしれないなと思いました。要はお金はあるけど、それを何に使うかを考えなきゃいけないし、そこで甘やかされてたら常識から外れてしまう。自分で会社を経営するとなった場合も、いわゆるお金持ちだけの気持ちがわかっていても、きっと組織の経営はできないと思った時、父親の育て方は正しかったんだと、感謝の気持ちが芽生えてきました。

母の死に対する後悔から見えてきたストレスという課題

ーーココロミルを創業した経緯を教えてください。

留学後、自分の会社をやりつつ、父親の会社に入社させてもらいました。当初は週6日、朝9時から夜8時まで父親の会社で缶詰になって働いていました。そんな中、2019年に母親が突然死したんです。吐血して倒れて1週間意識不明でそのまま死んでしまいました。直接の死因は脳出血でした。解剖を担当された先生から「お母さんはストレスを感じていましたか」と聞かれたんです。「母は僕以外とあまり話すこともなく、確かにストレスを感じていたと思います、なぜそう思ったのですか」と聞き返しました。母は59歳で亡くなりましたが、脳年齢が80歳でもおかしくないくらい、脳の血管が弱っていたそうです。それは担当医の経験上、ストレスが多い場合に起こることだと説明されました。ストレスは万病の元というけど本当に人を殺すんだと実感しました。そこで僕は先生に「ストレスとは何か」と聞いたんです。すると「よくわからない」と言われました。「よくわからないものに僕の母親は殺された」そう思いました。とても悔しい経験でした。今でも一番後悔しているのが、母ともっと多くの時間を過ごさなかったことです。それによって母のストレス値が下がっていたら、まだ生きていたのでは、そう思うことがあります。

僕のように後悔する人を無くしたい。そのために、ストレスを見えない抽象的なものから、具体化できればいいのではと考えました。知り合いの先生に会いに行ったり、ストレスの本を読みあさりましたが、これといった答えは見つかりませんでした。

そんな時、偶然、現在ココロミルで使っている機器の開発者に出会ったのです。直感的にこれだったらストレスを可視化できる、そう感じました。そこで、有識者と議論を重ねて現在のサービスができました。
機器の開発者と共に作ったサービスが、大学病院をはじめとする医療機関でも使っている高精度なウェアラブル心電図により、普段の健康診断等で見つからないような、心疾患・不整脈などの異常を検出するサービスです。

ーーありがとうございました。今回はココロミルを起業するきっかけとなったエピソードなどをうかがいました。後編の「事業編」では、ココロミルの現在の事業、今後の展開、事業拡大にあたって求める人材像を、引き続き林さんに伺います。

<後編:事業編を見る>

 

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