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国策として積極的に進められているゲノム医療 その現状と今後の展望

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2023.05.08

遺伝子

現在、国策としてゲノム医療の実現に向けた取り組みが積極的に進められている。2022年には全ゲノム等実行計画2022が策定された。さらに経済産業省はゲノム医療を推進する事業者に補助金を出す等の取り組みも行っている。今後さらにゲノム医療推進の流れは加速していくと考えられる。

ゲノム医療とは

ゲノム医療とは、個々人のゲノム情報を調べ、その結果に基づいて疾病の診断・治療・予防を行うことである。遺伝子が原因となるがんや一部の難病等が対象となる。ゲノム医療が実用化されると、経済的に効率がよく、質の高い医療が患者に提供できるようになる。そのため、世界的に取り組みが進められている。

ゲノム医療に関する政策が諸外国に比べ出遅れてしまった背景

日本は2019年にがん遺伝子パネル検査(多数の遺伝子を同時に調べる検査)を保険適用した。これが、日本におけるゲノム医療の幕開けとされている。2019年以前はゲノム医療にさまざまな課題があることから、国策として推進されていなかった。そのため、諸外国に比べ、日本のゲノム医療は出遅れてしまった

課題の中から主なものを以下に述べる。

  • 臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラー(※1)等のさまざまな専門的人材が不足していること。
  • アメリカ・ドイツ・フランス・韓国等では、遺伝情報に基づく差別禁止法が存在している。しかしながら、遺伝情報に基づく差別(雇用・民間医療保険加入等)を禁止・制限する法令が日本には存在しておらず、差別問題が懸念されていること。
  • 国民のゲノム医療への理解が進んでいないこと。世論調査によると、全人口を代表する1000人の回答者のうち57.2 %が「がんゲノム医療を全く知らない」、38.6%が「聞いたことはあるが、内容はよく知らない」という結果であった(日本医療政策機構・2022年3月9日)。

※1 ゲノム医療を必要としている患者や家族に遺伝情報や社会の支援体勢等に関するさまざまな情報提供を行い、かつ心理的および社会的にサポ-トする専門職のこと。

巻き返しを図る日本政府の取り組み

2019年~2021年までの取り組み

日本では、ゲノム医療に関する政策が欧米に比べて進んでいなかった。そのことに危機感をもった日本政府は、ゲノム医療の実用化を加速させる必要があるとして、まず2019年にがん遺伝子パネル検査を保険適用にした(2019年6月1日)。日本におけるゲノム医療の幕開けである。

続いて、安倍内閣の基本方針である「経済財政運営と改革の基本方針2019」において、ゲノム医療を推進するための基本方針を策定した。その基本方針を具体化したものが、「全ゲノム解析等実行計画2019」である。

さらに「経済財政運営と改革の基本方針2020」および「経済財政運営と改革の基本方針2021」にも、ゲノム医療を推進する旨が記載された。

2022年以降の取り組み

岸田内閣の基本方針である「経済財政運営と改革の基本方針2022」および「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」が2022年6月7日に閣議決定された。

「経済財政運営と改革の基本方針2022」には、ゲノム医療の推進について臨床情報と全ゲノム解析結果等の情報を連携させ搭載する情報基盤を作ることが記載されている。また、がんゲノム医療による新たな治療法を患者が受けられるようにする取り組みを推進することも明記された。

具体的には、以下のように記載されている。

「がん・難病に係る創薬推進等のため、臨床情報と全ゲノム解析の結果等の情報を

連携させ搭載する情報基盤を構築し、その利活用に係る環境を早急に整備する。がん専門医療人材を養成するとともに、「がん対策推進基本計画」の見直し、新たな治療法を患者に届ける取組を推進する等がん対策を推進する」

また、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、ゲノム医療について、10万人の全ゲノム解読を目指す大規模解析を実現することが記載されている。さらに、マルチ・オミックス(※2)を行うことも明記されている。

※2 遺伝子解析・RNA解析・蛋白質解析・代謝物解析等をすべて一括して分析する手法のこと

全ゲノム解析等実行計画2022

「経済財政運営と改革の基本方針2022」等をうけて、2022年9月30日に「全ゲノム解析等実行計画2022」が策定された。その中でゲノム医療を実現するための基本戦略を以下の1〜3のように定めている。

1.蓄積されたゲノムデータ等を用いた研究・創薬等を活性化させ、日本初のイノベーション創出を行う。そして、新たな産業を育て、今までにない治療法を患者に届ける。

そのため、国内外の研究機関および企業の研究者が、蓄積された全ゲノム解析等の情報をフェアかつオープンに利用できる体制を整備する。

2.早期に日常診察へ導入するために、一定のエビデンスが得られた治療方法等については、将来的に保険適用とすることを目指す。

3.新たな個別化医療(※3)に関する臨床試験や治験等を実施する。また、リアルワールドエビデンス(※4)を集積する。先進的かつ効率的な診断・治験等による更なる個別化医療等が実現することを目指す。

※3 患者の体質や病気に関連している遺伝子をより細かく調べた上で、個々の患者の体質や病気のタイプに合わせて治療を行うこと

※4 リアルワールドデータの解析から得られた、医療製品の使用方法や潜在的なベネフィットまたはリスクに関する臨床的エビデンスのこと

厚生労働科学研究班と全ゲノム解析等に係るAMED研究班による研究の内容

「全ゲノム解析等実行計画2022」の内容を実現するために、どのような研究および検討が行われているのだろうか。政府から補助金を受けて行われている厚生労働科学研究と全ゲノム解析等に係るAMED研究について、それぞれ解説する。

厚生労働科学研究班

厚生労働科学研究班の役割は、専門事項について検討等を行い「全ゲノム解析等の推進に関する専門委員会」(以下、専門委員会という※5)における活動のために役立てることである。研究代表者は中釜斉氏(国立研究開発法人国立がん研究センター)である。

※5 「全ゲノム解析等実行計画」に基づき実施される全ゲノム解析等の実施状況について評価および検証を行い、方針の決定および必要な指示を行う機関のこと。

全ゲノム解析等に係る厚生労働科学研究班は、4つのワーキング・グループに分かれている。その中の一つである患者還元ワーキング・グループでは、連携医療機関を追加する場合の要件について、および固形がん対象症例の選定方針について検討を行っている。

全ゲノム解析等に係るAMED研究班

全ゲノム解析等に係るAMED研究班の役割は、専門委員会に対して、解析状況等について報告を行うことである。がん領域において、2022年には9つの医療機関で全体で約2000症例の解析が行われるとされており、その報告が行われる予定である。

今後の政策の方針

今後のゲノム医療に関する政策の方針はどのようなものだろうか。「全ゲノム解析等実施計画2022」に記載されている2022年以降の目標についてまとめる。

  • 戦略的にデータを蓄積すること・解析結果をなるべく早く日常診療へ導入すること・新たな個別化医療を実現することにより、国民が質の高い医療を受けられるようにする。
  • 10万のゲノムを解析することを目指し、さらにマルチ・オミックス解析を行う。
  • 患者がどこに住んでいても、ゲノム解析等の結果に基づく質の高い医療を受けられるようにする。
  • 臨床情報と全ゲノム解析の結果等の情報を連携させる。そしてそれらの情報を搭載する情報基盤を構築し、その活用に関する環境を整備する。

ゲノム医療に参画する際に活用できる制度

国策としてゲノム医療が進められている中で、ゲノム医療に参画したいと思う企業も多いだろう。ゲノム医療に参画する際に活用できる制度として、経済産業省による「再生・細胞医療・遺伝子治療の社会実装に向けた環境整備事業」(2022年)がある。

具体的な内容としては、ゲノム医療等を推進する事業を行う者に対して、補助金を交付等することである。2022年度の募集はすでに終わっている(2023年1月18日まで)ことから、2023年度以降については経済産業省のホームページを適時ご確認いただきたい。

今後の展望

2019年から政府は、国策としてゲノム医療を推進させる方向に舵をきった。2023年以降の具体的な計画が「全ゲノム解析等実行計画 2022」において、すでに策定されている。

また、懸案だった遺伝子情報による差別についても、超党派議連により議員立法がなされる見通しである。2022年の国会会期内の成立は間に合わなかったが、超党派議連の会長代行である丸山珠代議員は「次期国会のできるだけ早い日程での成立に向けて調整していきたい」と述べている。

政府はゲノム医療を後押ししており、また遺伝子情報による差別禁止についても議員立法により法整備される見通しである。そのため、今後もゲノム医療の分野は発展していくと考えられる。

参考

(1)ゲノム医療をめぐる現状と課題(平成27年9月7日) 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/genomu1_s1_1.pdf

(2)ゲノム医療 もっと詳しく がん情報サービス 国立がんセンターhttps://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/genomic_medicine/genmed02.html

(3)ゲノム医療の幕開け!保険適用となった「がん遺伝子パネル検査」 NHKhttps://www.nhk.or.jp/kenko/atc_1054.html

(4)認定遺伝カウンセラーとは 日本ハンチントン病ネットワーク
https://www.jhdn.org/genetic-counseling/certified-genetic-counselor/

(5)【調査報告】がんゲノム医療に関する世論調査(2022年3月9日) 日本医療政策機構https://hgpi.org/research/cancer-survey2021.html

(6)ゲノム医療等をめぐる現状と課題 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/151117_tf1_s1.pdf

(7)全ゲノム解析等のさらなる推進について-患者に新たな医療を届けることを目指して- 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/000779463.pdf

(8)全ゲノム解析等に係る検討状況等について 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/001012450.pdf

(9)全ゲノム解析等実行計画 2022 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/001055460.pdf

(10)個別化医療とは? 中外製薬
https://www.chugai-pharm.co.jp/ptn/bio/phc/phcp01.html

(11)日本におけるリアルワールドデータとリアルワールドエビデンスの現状、課題、そして今後の展望https://www.phrma-jp.org/wordpress/wp-content/uploads/2022/02/Current_Status_Challenges_and_Future_Perspectives_of_Real-World_Data_and_Real-World_Evidence_in_Japan.pdf

(12)全ゲノム解析等に係る検討状況等について 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/001055448.pdf

(13)全ゲノム解析等に係る厚生労働科学研究について 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/001055450.pdf 

(14)令和4年度「再生・細胞医療・遺伝子治療の社会実装に向けた環境整備事業」に係る補助事業者(執行団体)の公募について 経済産業省https://www.meti.go.jp/information/publicoffer/kobo/2022/k221221002.html
(15)「ゲノム医療」遺伝情報による差別防止法案、超党派議連が今国会断念 朝日新聞https://digital.asahi.com/articles/ASQD866QKQD8UTFL00C.html

 

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