Harmony

ヘルスケア アクセラレーション メディア

  • TOP
  • 記事一覧
  • 次に来る「医療ITの波」メガトレンド解説

次に来る「医療ITの波」メガトレンド解説

facebook

twitter

line

COPY URL

2022.12.10

AI / アルゴリズム

DX

医療情報

AI(人工知能)やICT(情報通信技術)といったテクノロジーの進歩は目覚ましいものがあり、その影響は医療分野にも押し寄せている。高度化、複雑化する医療を裏で支えているのが、スタートアップなどの新興企業。急激に発展する医療ビジネスの中で、次の来る医療ITの波を5つのメガトレンドごとに追った。

医療AIの実用化が進む

医師の業務を一部肩代わりするAIが国内海外問わず相次いで登場している。業界の先駆者は2006年から開発の進む米IBMのAI、ワトソンだ。ワトソンの得意分野は人間の会話や学術書などの自然言語の解析。ニューヨークの研究機関であるメモリアルスローンケタリングがんセンターや、東京大学医科学研究所などが試験運用している。人間では捌ききれない膨大な症例を学習させ、がんの早期発見、適切な治療法を導き出そうと研究が進む。

インドの調査会社P&Sインテリジェンスによると、医療AIの市場規模は2021年の約11億ドル(約1500億円)から、2030年には約120億ドル(約1.7兆円)と10倍超に成長する見通し。慢性疾患の増加、高齢者向け医療サービスのニーズ急増などが市場を牽引するという。治療に関する最終的な責任は医師が負うため、医師の仕事をAIが奪うことはない。ただ、医師の負担を下げることで疾患の見落としを防ぎ、医療の底上げにつながると期待されている。

医療AIの次の成長分野として注目されるのが画像診断への応用。ベースとなる画像解析技術はこれまで自動運転や人流解析などの分野で研究が進められており、医療への応用が広がり始めた。国内ではオリンパスや富士フイルムといった大企業をはじめ、スタートアップも参入する市場に成長している。ソースコード共有サイトのギットハブなどで、画像処理AIの骨格となるコードが公開されている。従来は多額の資金を投じてシステムを開発する必要があったものの、ハードルが大きく下がった。

サンフランシスコに拠点を置くViz.aiというユニコーンはCT像などから肺塞栓症、脳動脈瘤といった循環器系疾患を見つけ出すAIを米食品医薬品局(FDA)から承認を取得済み。米国のExoはAI搭載のポータブル超音波画像診断装置を開発中だ。超音波エコー像から体内の傷害部などを見つけられると期待される。

国内ではアイリス(東京・千代田)が喉の画像からインフルエンザへの罹患リスクを判定するAIで厚生労働省の薬事承認を取得し、販売に向けて準備を進めている。AIメディカルサービス(東京・豊島)は胃がんの検出AIを2023年ごろに実用化する。約20万本の内視鏡検査動画を使ってAIに学習させた。

DTxが臨床現場で活用される

今後のヘルステック業界を大きく変えると考えられているのがDTx(デジタルセラピューティクス)の分野だ。DTxとは医師の管理下で患者自身が使用する治療目的のソフトウェアのことで、各国の規制当局から認可を受けたものが対象になる。スマートフォンやタブレットのアプリを使って、病気の予防、診断、治療に活用しようと様々な企業が開発に取り組んでいる。

日本の調査会社のグローバルインフォメーションによると、2028年には約225億ドル(約3兆円)に達するという。DTxは一般的な健康アプリと異なり、製品やデータの品質、治療判断の信頼性、患者のプライバシー保護、セキュリティなどで高い水準が求められる点が特徴となっている。

国内ではCureApp(東京・中央)がニコチン依存症治療アプリを発売し話題をさらった。同社はその後、高血圧領域などに開発を広げている。大手では塩野義製薬が米国のAkili Interactive Labsと提携してADHD(注意欠陥多動性障害)のデジタル治療アプリを開発中だ。

海外では米スタートアップのVirta Healthが2型糖尿病患者向けのアプリを手掛ける。糖質制限食などの栄養計画を作成し、血糖値のコントロールを目指すというもの。患者が症状などをアプリに記録して、医師が薬の処方量の調整する仕組み。米国のBiofourmisは心疾患や慢性疼痛など疾患を遠隔でモニタリングする技術に強みを持つ。同社は日本でも中外製薬と子宮内膜症の痛みを評価するデジタルソリューションの共同開発を進めている。

PHRが国家規模で普及推進される

医療現場では患者の治療履歴を電子化するPHR(パーソナルヘルスレコード)の普及が広がる。処方箋などの文書とともに患者が健康記録を取れるソフトウェアで、医師も治療の際にデータにアクセスできるように設計されている。ポイントは疾患名や入退院記録、処方薬リストなど治療に必要な情報を収集している点で、医療の効率化に役立つと期待されている。

米調査会社のレポートオーシャンによると世界のPHR市場規模は2027年までに約1370億ドル(約19兆円)に達する見通しで、背景にあるのは医療費負担の増大だ。PHRを活用して効率的な医療を提供し、高額化する医療インフラを維持しようと各国で投資が進められている。

AIアシスタント機能をつけることで、検査の重複や誤った多剤処方などを回避することが可能なシステムも登場した。米国のスタートアップ、PatientPingは病院同士の連携を促進するプラットフォームを運営する。患者が自身でデータを管理するだけでなく、救急時でも医師が即座に治療に必要な情報を確認することができる。同じく米国スタートアップのSukiは医師の声を聞き取り、カルテや処方箋に音声入力する機能を備えた。

ウェアラブル端末によるヘルストラッキング

新型コロナウイルスの感染拡大を発端として、世界的に健康意識が高まっている。需要をつかもうと多くの企業がヘルストラッキングのできるウェアラブル端末の開発競争に乗り出している。代表的な製品は米アップルのアップルウォッチだ。運動力の測定をはじめ、周囲の騒音が聴力を悪化させると判断されればアラートを出す機能などが備わっている。

レポートオーシャンはウェアラブル医療機器の世界市場が2030年に約1620億ドル(約23兆円)まで成長すると予測する。生活習慣病など慢性疾患の増加に伴い、血圧や消費カロリーを把握したいニーズが広がりつつある。アップルウォッチの他にも、バッテリーの長さや使い勝手の良さを売りに、差別化を図るスタートアップの製品も登場し始めた。

フィンランドのスタートアップ、Ouraは指に装着するオーラリングを日本含む世界中で販売中だ。指輪の内側に組み込まれた赤外線LED、温度センサー、加速度計、ジャイロスコープなどが健康情報を収集する。心拍や体温をはじめ、利用者の睡眠状態を見える化して健康の改善を支援するという踏み込んだ機能を付けた。米スタートアップのSirenは糖尿病患者の健康状態を把握する「スマートソックス」を開発した。繊維の中にマイクロセンサーを組み込んだもので、患者の足の温度を測定する製品。仮に炎症の兆候が見られると、担当医師に自動で情報が送られる仕組みだ。

ただ、ウェアラブル端末の中には測定データの精度に疑問符がつくものも多い。ネット通販で流通する製品の中には、非侵襲で皮膚の上から血糖値を測定できるとうたうものも存在する。血糖値の測定は技術的なハードルが高く、大手メーカーでも間質液などのデータから推測する方法が主流だ。特別な機能をうたう製品を見たときは、独自の技術や特許を持っているかを確認すべきだろう。

重要性高まるメンタルヘルスケア

ストレスや不安から来る睡眠障害など、心の健康が脅かされていると世界中で問題視されている。メンタルヘルスを崩すと仕事の生産性が低下し、企業活動に影響が出る。精神疾患になると従業員1人あたり年間100万円近い経済損失が生じるとの試算もあり、企業も対応を迫られている。

米調査会社のアライドマーケットリサーチによると、世界の市場規模は2030年までに約5380億ドル(約73兆円)に達する見通し。これまで軽微な心身不調は放置するか心療内科などに通うしか対処方法がなかったものの、メンタルヘルスを自身でコントロールしたいというニーズが増えているようだ。

トルコのスタートアップ、Meditopiaは手軽に瞑想できるスマートフォンアプリを手掛ける。リラックスできる音楽を聴きながら音声の指示に約20分従うだけで、マインドフルネスが完了するというもの。同社のアプリは約100カ国で展開され、企業の福利厚生としても採用されたことで累計3000万人超のユーザーに利用された。米国ではWoebot Healthが独自の取り組みを進めており、自然言語処理AIとチャットで対話できるサービスを開始した。認知行動療法を取り入れた内容で、対話を通じて心の健康の改善を促す仕組みだ。

最後に

近年急速に進む医療ITの変革は、高齢化や脱炭素といった世界的なメガトレンドの1つに位置付けられている。ITの成熟、スマートフォンなどデジタル端末の普及によってビジネス環境は大きく変わった。だが医療ITの中でも、成長の著しい分野と既に成熟した分野があることは確かだ。今回紹介した5つの事例は市場規模が特に伸び盛りな分野と言える。新規事業の立案や医療ITスタートアップへの転職を検討する際は、こうした市場で競争力を持てるかどうかを意識すべきだろう。

 

ページの先頭へ戻る