2022.12.08
デジタルヘルスの進歩が世界的に加速している今、パーソナルヘルスレコード(Personal Health Record:PHR)に注目が集まっています。
PHRとは「個人の健康診断結果や服薬履歴等の健康等情報を電子記録として、本人や家族が正確に把握するための仕組み」のことです1)。近年、新しいPHRアプリが次々に開発されています。
では、PHRアプリを導入すると、いったいどのようなメリットが得られるのでしょうか。
この記事では、日本におけるPHRアプリの現状と、PHRアプリを導入するメリットを解説します。
PHRアプリを導入するメリット
母子手帳、学校健診の記録、お薬手帳など、日本には医療情報がデジタル化される以前から、世界で注目されている医療情報管理システムがあります。このような個人が自分自身の健康に関する情報を把握するための仕組みを背景にして、近年、新しいPHRアプリが次々に開発され、広く活用されるようになってきています。
PHRアプリのメリット①
個人が自分自身の健康情報を把握しやすくなる
個人の健康情報や病院受診時の検査結果などを自分で把握することがPHRの原点です。PHRを通じて、自身の健康に関する情報を経時的に参照できれば、日々の健康管理を自発的に行うことにつながり、生活習慣を改善することで病気の予防にも役立つでしょう。
また、服薬スケジュールアプリのリマインダーを用いれば薬の飲み忘れも減らせ、通院の予約管理システムを用いることで医療機関の受診予約を忘れないようにするといった、家族の声かけのような役割も可能です。
PHRアプリのメリット②
患者側・医療者側双方にとって情報共有が楽になる
医療者が患者の情報収集に要する時間を短縮することができることも、PHRの長所です。血圧の推移など、患者自身が記録した日々のデータを自宅にいながら医療者側と共有することができます。特にコロナ禍においては、患者と医療者が直接面会しなくても医療を受けられるシステムには社会的なニーズも高まりました。
さらに、PHRアプリにコミュニケーション機能が備わっていれば、予約外の受診を減らすことになり、患者と医療者側の双方の負担の軽減や、医療費の削減にもつながる可能性があります。また、医療機関へのアクセスが悪い地域で、より充実した医療を提供するためのツールとして役立つでしょう。
PHRアプリのメリット③
PHRから得られた情報を公衆衛生の向上や研究に活かすことができる
PHRから得られた情報は、公衆衛生の向上にも役立ちます。自然災害やパンデミックなどの際における健康記録の収集にはこれまで多大な人的負担がありました。PHRによりデジタルデータとして収集し、処理することができれば、タイムラグなく治療や支援を行うことができます。
また、長期的なデータを容易に集められれば、さまざまな病気の予防法の研究にも役立ち、検診制度をはじめとして、医療に関する政策が立てやすくなります。
おさえておきたい!代表的PHRアプリとその活用例
2000年に女性が月経周期を管理する携帯電話用デジタルツールとして提供された「ルナルナ」(エムティーアイ社)は、PHRアプリのさきがけともいえる存在です。月経周期のように受診の心理的ハードルがあり、人に相談しにくい悩みに対して、PHRアプリの導入によって普段からセルフチェックする文化が根付き、日本におけるデジタルPHRの定着に大きく貢献しました 2)。
その後もさまざまなPHRアプリが開発されていますが、ここでは、最近特に話題になっている「医療機関との連携」にフォーカスしたPHRアプリについてご紹介します。
カルテコ (メディカル・データ・ビジョン社)
カルテコ3)は、メディカル・データ・ビジョン社が開発したPHRサービスです。医師が入力し、かつ開示を承認した診療記録を患者側が閲覧できることが特徴で、患者と医療機関のコミュニケーションを促進することを目指しています。
カレンダーの受診日に検査結果や処置内容、処方薬が記録され、これまで病院以外で閲覧が難しかった、画像データにも対応しています。健診結果、血圧、歩数などの測定値を記録し、目標を登録することで生活のセルフコントロールにも有用です。薬局や他の医療機関を訪れた際にも情報共有が容易です。
マイホスピタル(SMBCグループ)
マイホスピタル4)は、SMBCグループが提供するPHRアプリで、病院を受診する際の動線に配慮した設計に定評があります。待合室で診察順をプッシュ通知によって受け取り、処方せんの内容をアプリで確認して薬局へFAX送信することが可能です。オンラインで会計を行えるため、会計の待ち時間も短縮されます。
また、複数の病院の診察券をスマートフォンで管理することができます。電子カルテと連携し、検査結果を閲覧することも可能です。
ヘルスケアパスポート(TISインテックグループ)
ヘルスケアパスポート5)は、TISインテックグループが運営するPHRアプリで、プラットフォームの共有によって他の医療機関での検診結果や、患者の情報をシェアするSaaS型のPHRアプリです。
※SaaS(Software as a Service)とは、サーバーにあるソフトウェアを加入者が使用できるシステムです。利用料に応じた課金をすることで独自にシステムを構築する必要がないため、地域の中核病院や小さな自治体での運用に適しています。
利用者がカルテの情報を閲覧できる一方、医療者は他院で記録されたバイタルデータを共有できます。お薬手帳や他職種連携システムのサービスなどと連携できる拡張性もあり、患者側の便利さと同時に医療機関の事務負担の軽減を実現できることがメリットです。
NOBORI(PSP)
NOBORI6)はPSP社が開発したPHRアプリで、健診結果や画像を含めた医療情報を他の医療機関や家族と共有することができることが特徴です。
画像データが多くなりがちな歯科での導入実績が豊富です。予約リマインド機能のほか、定期受診の推奨機能、チャットを用いて特定保健指導やオンライン相談を行う機能があります。
病院の到着前に診療受付をスマートフォンですませ、医療費を後払いすることもできるため、病院での待ち時間の短縮にも役立ちます。さらに、アプリで運動量や心拍数などのデータ保存や、通院歴の記録ができます。
マイナポータルとの連携で広がるPHRアプリの役割
経済産業省は、2019年の「国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会」で、日本のヘルスケアITベンチャーへの投資額が米国の1/100、欧州・中国の1/15と極めて少ないことについて危機感を明らかにしています7)。
2021年6月の「成長戦略フォローアップ」会議では、今後の重点的な取り組みの1つとしてPHRアプリの開発と普及の推進が提唱されました8)。
マイナポータルとPHRアプリとの連携がスタート
内閣府は2019年にマイナンバーに関係する個人用のサイトであるマイナポータルにPHRのデータを連携させて運用する方針を示しました。
外部のWEBシステムからマイナポータルに、ソフトウェア同士をつなぐ役割をはたすAPI(application programming interface:アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を介してアクセスし、機能が利用できます9)。
マイナポータルは2022年5月31日にPHRアプリ「NOBORI」と連携を開始しました。PHRによって子供の予防接種記録、妊産婦・乳幼児健診、特定健診、薬剤や医療費など個人の健康情報の収集がすでに始まっています10)。
マイナポータルとPHRアプリの今後の連携予定
2021年の厚生労働省「データヘルス改革に関する工程表」11)では、2022年度に自治体検診(がん・骨粗鬆症・歯周病・肝炎ウイルス検診)、2024年度に全国の学校健診の結果のマイナポータルでの閲覧が計画されています。
そのほか、レセプト、処方せん、電子カルテ(検査やアレルギーの情報、画像)、介護情報などでの応用が予定されています。これによって、公衆衛生、ゲノム、医療費、年金の分野でもPHRアプリを活用するビジョンがあります。
まとめ
PHRアプリが広まることで、個人の健康情報を経時的に記録しやすくなり、自分自身の健康管理や、医療機関との連携に活かすことができます。さらに、公的な支援、公衆衛生の向上、研究の推進、政策の立案など、多方面に役立てることが期待されています。
また、令和4年6月16日には「PHRサービス事業協会(仮称)」の設立宣言が行われました12)。
以下の通り、製薬・医療機器をはじめ、健康アプリや保険等のPHRサービス事業を展開する企業15社が業種を超えて集まり、健康・医療に関する様々な主体が持つデータを効果的に利活用するための標準化や、PHRサービスの品質向上を促進するためのルール整備などについて検討の上、今後2023年度早期の設立を目指すとされています。
- 株式会社Welby
- エーザイ株式会社
- 株式会社エムティーアイ
- オムロン株式会社
- KDDI株式会社
- 塩野義製薬株式会社
- シミックホールディングス株式会社
- 住友生命保険相互会社
- SOMPOホールディングス株式会社
- TIS株式会社
- テルモ株式会社
- 日本電信電話株式会社
- 株式会社FiNC Technologies
- 富士通株式会社
- 株式会社MICIN
上記の通り協会の設立によるデータ利活用の標準化、サービス間連携の推進に加え、マイナポータルと民間のPHRアプリとの連携も開始されました。今後、デジタルヘルス分野の拡大によってビジネス的側面における発展も見込まれ、PHRアプリ市場の急速な拡大が見込まれています。
<参考文献>
1) 厚生労働省「成長戦略フォローアップ」(令和元年6月21日)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/fu2019.pdf
(2022年7月11日参照)
2) ルナルナ
https://sp.lnln.jp/brand/information/our_actions
(2022年7月11日参照)
3) カルテコ
https://guide.karteco.jp
(2022年7月11日参照)
4) マイホスピタル
https://plus-medi-corp.com/product/#quality
(2022年7月11日参照)
5) ヘルスケアパスポート
https://www.tis.jp/service_solution/healthcare-passport/
(2022年7月11日参照)
6) NOBORI
https://nobori.me
(2022年7月11日参照)
7) 経済産業省「ヘルスケアIT分野への民間投資活性化に向けてー国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会 第1回」 (令和元年9月11日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000546638.pdf
(2022年7月11日参照)
8) 内閣官房「成長戦略閣議決定ー成長戦略フォローアップ」(令和3年6月18日)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/pdf/fu2021.pdf
(2022年7月11日参照)
9) 内閣府大臣官房番号制度担当室 「国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会 第1回資料6」(令和元年9月11日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000547487.pdf
(2022年7月11日参照)
10) デジタル庁「マイナポータル」
https://www.digital.go.jp/policies/myna_portal/
(2022年7月11日参照)
11) 厚生労働省「データヘルス改革に関する工程表について」(令和3年6月4日)
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000788259.pdf
(2022年7月11日参照)
12)経済産業省「PHRサービス事業協会(仮称)」を設立します(令和4年6月16)
https://www.meti.go.jp/press/2022/06/20220620005/20220620005.html
(2022年7月11日参照)